rice is nice.

日々の生活の色々

多分一生暇にはならない

薄々そんな気がしているぶんたんです。

 

修士論文の発表が終わりました!

大学院生活の一番の山は乗り越えて感慨深いところではありますが、修士論文本文を提出までにもっと良くしたいので、もう少し戦いは続きそうです。

あ、あと大学とは別のところの宿題みたいなものもそろそろやっつけないと…

 

大学生活、振り返ってみると常に何かに追われていて、

一つ締め切りが終わると次の締め切り、課題、発表、なんやかんや…

母親には

「大学生ってもっと暇なんじゃないの?週に2、3回授業で、4年になったらほとんど学校行かないもんじゃないの?むしろサークルとか旅行とかで忙しいみたいな…」

と言われましたが自分はそんな感じではなかったです。

でもそれが良かったというか、それが自分にあってたからこそ、自ずとそうなったのかなと今になって思います。

 

きっと社会人になっても自分で自分に目標やその期限を課して忙しくバタバタするんだろうなぁと思いますし、多分その予想は正しいと思います。

それが多分「自分のやり方」ってやつなんだろうなとも思います。

 

社会人になったらとりあえず熱中できる趣味を見つけて、

ON/OFFの切り替えをしっかりして充実した健康的な生活をしたいな〜とハードルの高い希望を抱いています。

なんかスポーツジム通うか、緩めの運動系サークルに入ったりしたい。わくわく。

趣味を見つけるというか、今もこれといった特定の趣味はないものの広く浅く色々手を出しているので、

もう少し深くまで触れて見て、よりハマれるものを見つけたいという感じでしょうか。

 

そんな風に感じたのは先日友人達と話したことがきっかけです。

周りは皆「趣味にお金を使うために稼ぐ」「プライベートの充実のためにお金が必要」と言っていたのですが、自分はお金を使いたい趣味が思いつきませんでした。

でも自分は働いてお金を稼ぎたいという願望は一応あります。

じゃあ何のために?と考えたところ、

「お金をもらえるくらい人の役に立ってると感じたい(自己肯定感を得たい)」

「仕事を達成することで得られる達成感そのものが欲しい」

なのかな?というところに行き着きました。そして自分の思考の危うさに気づきました。

これだと仕事そのものが自分の生きる理由というか支えになってしまっています。

きっと仕事はうまくいくことばかりでないし、失敗することもあるし、周りに比べて自分は全然役に立てない、なんてこともザラだと思います。

そんな時にこのままだと「働かないといけない理由もないし、お金がなくて生きていくのに困るったって生きる理由もないんだし」、などと思ってしまいそうです。

実際学生の頃も「仕事」を「研究」に置き換えて同じような思考にハマったことが何度もあります。

そこでやっぱり、「週末はあれが待ってるからもうちょっと頑張ろう」「あれ続けるにはお金いるからな〜仕方ないな〜」と思えるような、

熱中できる趣味をプライベートの方で持っておくと、生活がより充実するんだろうなぁなんて感じた次第です。

 

やりたいことは結構あるので、色々軽率に手を出すスタイルはそのままに、もう一歩深く踏み込む勇気を出したいな。

とりあえず就職までの時間にもやりたいことがいくつかあるので、まずそれからチャレンジしていきたいと思います!