rice is nice.

日々の生活の色々

はてなトップの記事を読んで苦い思い出が蘇りました

というより、常々心の片隅にはあったことではあります。ぶんたんです。

topisyu.hatenablog.com

 

自分の母がまさにこれでした。

先に言っておきますが、全くもってクズと言いたいわけでも批判したいわけでもありません。

ただ、何かモヤモヤがずっと、この歳になってまでつきまとっているので、

忘れるとまではいかなくとも過去の過ぎ去ったこととして区切りをつけるため、

吐き出させてもらおうという所存です。

 

この記事のように、母は父の愚痴や悪口をしばしば子供に話していました。

加えて自分には「あんたは本当にお父さん似」「もしお母さんたちが離婚したら、お母さんは弟と出て行くからあんたはお父さんの方ね」と。

初めは「離婚とか嫌だ」とか「お母さんと一緒にいたい」とか言っていた気がしますが、

そのうちお母さんはお父さんが嫌いで、そのお父さんに似ている自分も嫌いなんだ、子供は弟だけでよかったんだ、

だから自分と父の二人から離れたくて離婚とか言ってるのだから、着いていくとか言われたくもないんだろうな、

と泣きつくことをしなくなりました。

最近、「女親は正直男の子の方が可愛いみたいなところがあるし、あんたは手がかからなかったけど弟は手がかかったから愛着が湧いた」

と母本人から聞かされて、小さい頃の考えはあながち間違いでなかったんだなと苦笑しました。

褒められたくて色々と頑張っていたことが仇となっていたことも悲しくてちょっと笑えました、

いっそグレていた方が可愛がられていたのかぁ。

 

例えば勉学の面では割と頑張っていましたが

「お勉強だけできたって仕方がない」とか「女の子は勉強より見た目の方が大事なのに、兄弟性別が逆ならよかったのにね」とか言われた記憶が強いです。

いや、褒められたこともあるんですけどね…

小学生の頃「小学校のテストは100点が当たり前だから」と80点のテストを咎められて、100点のテストも「そう」と流し見でゴミ箱行きだったのですが、

弟が70点で褒められていて子供心に「不公平では〜?」と思ったこととかの方がどうしても印象強いです。

まぁ人によって得意不得意があるので、褒められラインが違うのはわかるんですが…

ラインを揃える『平等』を求めていたわけでなくて、人に合わせたラインでそれぞれ褒める『平等』がちょっと欲しかったです。

 

これらのことが関係あるのかないのかわかりませんが、中高生の頃は

自分は何の価値もない人間なんだなぁ、それなのに生きてるの嫌だなぁ、

誰かの身代わりに死んだりできないかな、そうすれば自分でも人の役に立てて、

生きてきたことに価値が生まれるんじゃないかなとかずっと考えていましたね、

今考えるとこの頃は少し精神的に異常があったんじゃないかなと思うくらいの

ネガティブと被害妄想でした。

死ぬ勇気のないビビリでよかったなぁと今は思います。

 

まぁここまで暗い愚痴を垂れ流してしまったのですが、

大学に入って一人暮らしになって友達と遊ぶ時間が急激に増えたり

家族と少し距離ができたり、恋人ができたりして、かなりポジティブ人間になりました。

時間が経って、自分が少し大人になったのかもしれません。

今はもうちょっと前向きな方法で価値のある人間になりたいと思って頑張ったりしてます。

でも、そもそもそんな万人に向けて価値のある人間じゃなくたって、

まず人生を楽しむために生きることも大事なのかなと思ったりもします。

 

少し大人になって思うのは、親も人間だったんだよなということです。

人間だから完璧じゃないから、二人性格も見た目も全部違う、これまた子供という人間がいたとして、

やっぱ気に入るところとか気に入らないところとかはどうしても生まれてしまうし、

平等に愛するのは難しいのかなと思います。

全く恨みごととか文句言いたいとかではないです。

むしろここまで育ててきてくれて、進学もさせてくれて、親には本当にいつも感謝しています。

ただここまで書いてきて気づいたのは、やっぱ寂しかったんだよなということです。

まぁ、自分が愛されるような可愛げのある子供ではなかったというだけのことと言われれば、それまでなのですが。

 

自分は、もし複数人の子供を持つようになったら、内心は平等でなかったとしても、

子供には悟られない程度に平等に接してやりたいと思います。

それがもし難しい、できないことなんだとしたら、子供は持つとしても一人がいいな、

なんて思ったりする今日この頃です。

(…そもそも結婚できるのかっていう問題からですけど)